【コラム】eスポーツファンは「賭けたい」のではない――170万人が示した「参加する観戦」への転換
eスポーツファンは本当に「賭博」を求めているのでしょうか。
そうした問いに、一石を投じるデータが公開されました。Riot Gamesとeスポーツデータ企業GRIDの分析では、『League of Legends』(LoL)の国際大会「Mid-Season Invitational」(MSI)で実施された予想イベント「Crystal Ball」と「Pick’Em」に170万人以上が参加したといいます。
▶How Riot Games and GRID powered fan-favourite, LoL Esports’ Crystal Ball, with official data
一方で米国では、eスポーツを対象とした予測市場(Prediction Market)への規制議論が活発化。韓国では世界的プロゲーマーのFakerがオンラインギャンブル防止キャンペーンに起用されるなど、観戦文化を巡る環境は大きく変化しています。
一見すると、「予想を楽しむ文化の拡大」と「ギャンブル規制の強化」は相反する動きのように見えます。しかし両者は、eスポーツ産業が成熟期へ移行する過程で生じた、同じ構造の表裏と言えるでしょう。
「見る競技」から「参加する競技」への転換
これまでeスポーツ産業は、大会を開催し、その模様をライブ配信で視聴してもらうことで成長してきました。しかし近年はスポンサー市場の成長鈍化や視聴時間の頭打ちを受け、各タイトルはファンとの接点を増やす「エンゲージメント」の強化へ舵を切っています。
その代表例がPick’Emです。
Pick’Emは単なる勝敗予想企画ではありません。大会開幕前からSNSでは優勝候補を巡る議論が活発になり、ストリーマーやプロ選手が自身の予想を公開します。Discordコミュニティでは順位予想を語り合い、配信視聴者同士が答え合わせを楽しみます。大会期間中だけでなく、その前後まで含めてコミュニティを活性化させる「ゲームの外側のゲーム」として機能しているのです。
今回170万人という参加者数が示したのは、「ファンは賭博を求めている」という事実ではありません。むしろ、「自分も大会に参加している感覚」を求めているという実態です。
これはeスポーツに限った話ではありません。米国ではNFLやNBAのファンタジースポーツが巨大市場へ成長し、多くのファンが選手の成績予想を通じて試合観戦を楽しんでいます。YouTubeやTwitchでも視聴者投票機能が一般化し、「視聴するだけ」ではない参加型エンターテインメントが主流になりつつあります。
「予測経済」の拡大と規制のジレンマ
こうした流れと並行して拡大しているのが、「Prediction Economy(予測経済)」と呼ばれる市場です。
近年、米国ではKalshiやPolymarketなどの予測市場サービスが急速に存在感を高めています。スポーツだけでなく、選挙や経済指標、AIの進化、さらには天候まで、あらゆる未来予測が取引対象となり、人々は「未来を当てること」そのものに価値を見いだし始めています。

eスポーツも例外ではありません。KalshiではCounter-Strike 2の主要大会を対象とした予測市場が急成長し、大会結果や優勝チームを巡る取引が活発化しています。
しかし、その成長スピードに制度設計が追いついているとは言い難い状況です。
予測市場は金融商品なのか、それともスポーツベッティングなのか。各州の規制当局は明確な線引きに苦慮しており、規制を強化する動きが続いています。Esports Insiderが指摘するように、仮に特定のサービスが規制されたとしても、「予想して楽しみたい」という需要そのものが消えるわけではありません。
議論の本質は、「予想を認めるか否か」ではなく、「どのようなルールの下で提供するか」へ移りつつあるのです。
過去の失敗が現在の制度設計を生んだ
もっとも、こうした慎重姿勢には理由があります。
2015年頃には、『Counter-Strike: Global Offensive』でゲーム内アイテム(スキン)を用いた「スキンベッティング」が急拡大しました。未成年でも容易に参加できる環境が問題視され、八百長事件や違法賭博サイトの存在も明らかになったことで、Valveをはじめとする業界全体が対応を迫られました。
現在、Riot Gamesが公式データ企業であるGRIDと連携し、データ管理やインテグリティ(競技公正性)を重視する体制を整備している背景には、この歴史があります。また同社は2025年、一部地域でスポーツベッティング企業とのスポンサー契約を条件付きで認めましたが、その際も公式データの利用や厳格なコンプライアンスを義務付けています。
市場を全面的に排除するのではなく、「管理できる市場」として制度の中へ取り込む方向へ舵を切ったのです。
「予想する文化」をどう育てるか
今回の170万人という数字は、eスポーツ市場が新たな局面へ入ったことを示しました。
そこで重要なのは、ファンが求めているものを「ギャンブル需要」と単純化しないことです。無料のPick’EmやCrystal Ballが支持されている事実は、多くのファンが求めているのは「お金を賭けること」ではなく、「大会に参加する体験」であることを示唆しています。
今後、大会運営における競争軸は賞金総額だけではなくなるでしょう。Pick’EmやFantasy League、Twitch Drops、Discordコミュニティなど、いかにファンを巻き込み、観戦体験を拡張できるかが重要な差別化要素となります。
同時に、リアルタイムデータの価値も高まっています。公式データはベッティングだけでなく、AI分析や配信演出、統計サービスなど多様な用途を持ち、「映像」に次ぐ新たな収益源になる可能性を秘めています。
eスポーツはもはや単なる競技ビジネスではありません。競技、公正性、データ、金融、そしてコミュニティが交差する複合産業へと進化しつつあります。その中で問われるのは、「賭博を認めるか」という単純な二項対立ではありません。「ファンの参加欲求をいかに健全な形で満たすか」という新たな課題に、業界全体が向き合う時代が始まっています。
執筆:eスポーツニュースジャパン







