【コラム】トラックデモからスワッティングまで──なぜeスポーツファンはプロ選手を攻撃してしまうのか?
2026年6月に開催された国際大会「VALORANT Masters London」のプレイオフ2日目は、競技シーンの歴史に深く刻まれる一戦となりました。
VCT EMEAのダークホースである「FUT Esports」と、VCT Chinaの強豪「EDward Gaming(EDG)」による激戦は、3マップに及ぶ大熱戦の末に幕を閉じました。ステージ上で繰り広げられた激しいマインドゲームや煽り合いは観客を熱狂させ、時にブーイングを巻き起こすなど、 eスポーツ特有のドラマを生み出していました。
しかし、真の問題は試合が終了した後に、ステージの外で発生しました。FUT Esportsの所属選手であるEfe “s0pp” Tur選手に対し、ネット上で凄まじいヘイトスピーチと殺害予告が殺到したのです。
事の発端は、s0pp選手が試合中に叫んだ「ZmjjKK, you can’t hold sh!(お前じゃ抑えきれない)」という音声クリップでした。これが一部のVCT Chinaファンの間で「人種差別的な発言である」と誤解され、瞬く間にSNS上で拡散されたためです。
s0pp選手は即座にSNSで、「中国のファンの皆さん、僕の言葉に誤解があります。僕は相手のエースであるkankang選手の名前を呼んだだけであり、差別的な意図は一切ありません。死体撃ちなどの煽りは試合を盛り上げるパフォーマンスとして楽しんでいますが、差別を行うことは絶対にありません」と釈明の声明を発表。幸いにもこの誤解は解け、s0pp選手自身も周囲の支えによって精神的な痛手から立ち直ったものの、プロ選手がこれほど容易に「殺害予告」の標的になってしまう現状の異常さが、改めて浮き彫りとなりました。
「神格化」の裏で忘れ去られる生身の人間
近年のeスポーツ報道の華やかさ、洗練されたプロモーション映像、ストーリー性を想起させる勝利の記録は、ファンにプロ選手を一種の「アイドル」や「神」のように錯覚させる傾向にあります。選手たちはタイトルの「顔」であり、公の場での振る舞いには高いプロ意識が求められるのは事実です。
しかし、彼らはゲームのパフォーマンスを叩き出すだけのマシーンではなく、私たちと同じ感情を持つ「一人の人間」です。
ネット上で数千人もの人間が一斉に言葉の暴力を浴びせる行為は、受け取る側の精神を容易に破壊します。こうした過激な誹謗中傷に傷つくことは、決して選手の「メンタルが弱い」からではありません。人間としてあまりにも当然の防衛反応です。
対戦相手とのゲーム内の掛け合いや、建設的な批判の範疇を超え、人格否定や生命の脅迫にまでエスカレートするファンの行動は、決して「競技への情熱」という言葉で正当化されてはなりません。
飛び火する家族やパートナーへの実害
さらに深刻なのは、ファンコミュニティの毒性が選手本人だけでなく、その周囲の家族やパートナーにまで牙を向いている点です。
同大会の予選ステージにおいて、タイの「FULL SENSE」がFUT Esportsに敗北した際、FULL SENSEのヘッドコーチであるThanaphat “THEE” Limpaphan氏の家族を悲劇が襲いました。
インターネット上に溢れかえるチームへの容赦ない罵詈雑言を目にしたTHEEコーチの母親が、ショックのあまりパニック発作と不整脈を起こして倒れ、緊急搬送されたのです。THEEコーチは「母の閲覧を止められなかった私の責任です。息子として、今は本当に胸が張り裂けそうな思いです」と、血を吐くような声明を出さざるを得なくなりました。
また、『VALORANT』公式キャスターのYinsu Collins氏も、自身のメディアでこの問題に深く切り込んでいます。彼女自身、FnaticのBoaster選手のパートナーという立場であり、プロ選手を支える家族たちの生々しい苦悩を共有しました。
NRGのEthan選手のパートナーであるKelly氏は、「一般のファンのように、ネット上で『今回の戦術にはこういう理由がある』といちいち説明して回るわけにはいかない。だから、大好きな人たちがネットで心無い言葉を言われているのを、ただじっと耐えて見ているしかないというのは、本当に精神的にきつい」と吐露しています。
大切な人が猛毒に晒されているのを、傍観席から無力感とともに見守るしかない家族の苦痛もまた、現在のeスポーツシーンが抱える大きな闇です。
『リーグ・オブ・レジェンド』における過激化
こうしたファンの暴走は、決して『VALORANT』に限った話ではありません。同じRiot Gamesの看板タイトルである『リーグ・オブ・レジェンド』(LoL)の競技シーンでは、さらに長年にわたり、より組織的かつ過激な嫌がらせが横行しています。
その筆頭が、世界最高のプロチームの一つである韓国の「T1」とその絶対的エース、Faker選手を巡る事例です。T1のファンコミュニティの一部は、チームが不調に陥ったり、ファンの期待通りの戦績を残せなかったりした際、感情のコントロールを失うことで知られています。
彼らが頻繁に行うのが、チームのオフィスや試合会場周辺に「抗議メッセージを載せた電光掲示板トラック」を走らせる、いわゆる「トラックデモ」です。「監督を更迭しろ」「選手は猛省せよ」といった過激な言葉が白日の下に晒されます。それだけに留まらず、選手や監督に対する直接的な殺害予告や、事務所に不審物や凶器が送りつけられるといった実害まで発生しました。
2022年、T1はこれ以上の放置は選手の生命に関わると判断し、Faker選手に対する度重なる誹謗中傷や侮辱的な書き込みを行っていた悪質なネットユーザーに対し、警察への通報と刑事告訴という重い法的措置へと踏み切りました。世界王者としての栄光の裏で、彼らは常にこうした目に見えないテロリズムの恐怖と戦い続けているのです。
『オーバーウォッチ』コミュニティと「スワッティング」の脅威
また、2016年のリリースから長年eスポーツシーンを牽引している『オーバーウォッチ』のコミュニティ周辺でも、ファンの有害性が現実世界の安全を脅かす深刻な事例が発生していました。
その代表例が、元プロゲーマーであり、現在は世界屈指の人気ストリーマーとして知られるxQc氏です。彼がプロとして活動していた当時、ゲーム内でのライバル関係やステージ上での過激な言動がトリガーとなり、アンチや狂信的なファンから無数の脅迫を受けました。
彼らを襲った最悪の嫌がらせが「スワッティング」です。これは、ネット上で特定した配信者や選手の自宅住所を使い、警察に対して「この家で殺人事件が起きた」「人質立てこもり事件が発生している」といった虚偽の緊急通報を行う極めて悪質な犯罪行為です。
xQc氏は、配信中や就寝中に突然、武装した警察の特殊部隊(SWAT)に自宅へ突入され、銃口を突きつけられるという恐怖体験を幾度も味わいました。精神的な安全が完全に脅かされ、身の危険を感じる日々は、彼がプロシーンを退き、フルタイムのストリーマーへと転向した後もなお、活動と私生活に暗い影を落とし続けました。ゲームの勝敗やコミュニティ内の対立を巡るファンの過激な執着が、現実世界の警察権力を巻き込んだ凶悪犯罪へと発展した最悪のケースです。
なぜファンは一線を越えてしまうのか
なぜ、eスポーツの世界ではこれほどまでにファンが過激化しやすいのでしょうか。その背景には、eスポーツ特有の「パラソーシャル関係」があります。
従来のプロスポーツ選手に比べ、eスポーツ選手は日常的にTwitchやYouTubeで個人配信を行い、SNSを通じてファンと直接チャットで言葉を交わす機会が圧倒的に多い特徴があります。この「距離感の近さ」は魅力である一方、ファン側に「自分は彼らの特別な理解者である」「自分の声は彼らに届いている」という歪んだ全能感や錯覚を植え付けがちです。そのため、チームが敗北したり、選手が自分の望まない行動をとったりした際、それが「裏切り」として捉えられ、激しい憎悪へと反転してしまうのです。
さらに、国際大会における「地域間・国家間の対立」の構図が、このトキシシティに拍車をかけます。今回のMasters Londonにおける「EMEA対China」のように、リージョン同士のプライドのぶつかり合いが、ファンの中で過剰な敵対心へとすり替わり、相手選手を徹底的に叩き潰すための大義名分として利用されてしまうのです。
開発元の限界と求められる教育
通常、Riot Gamesをはじめとするゲームパブリッシャーは、選手側の不正行為や暴言に対しては厳格なペナルティを科すものの、ファンから選手に向けられる有害性の取り締まりには消極的でした。
しかし、Masters Londonの公式配信において、s0pp選手とZmjjKK選手をからかうような不適切なファングラフィックが誤って画面に映し出されるという失態が起き、運営側の説明責任を問う声はかつてないほど高まっています。
『VALORANT』eスポーツ責任者のLeo Faria氏が謝罪したものの、現実問題として、運営元がネット上の無数の暴走をコントロールすることは不可能です。会場でのサインボード規制や迷惑ファンの退場処分はできても、SNS上の匿名アカウントをすべて監視し、罰則を科すことはパブリッシャーの管轄を超えています。
だからこそ、今後パブリッシャーやチームが取り組むべき最も効果的なアプローチは、スター選手たちの「生身の人間としての側面」を伝える啓発・教育キャンペーンではないでしょうか。
ネット社会への依存が深まる現代のゲーマーカルチャーにおいて、私たちは「画面の向こうにいるのは、自分と同じように傷つき、悩み、家族を持つ一人の人間である」という当たり前の事実を、今一度強く認識しなければなりません。誰しもが守られるべき境界線があり、最低限のリスペクトを持つこと──それこそが、歪んだ情熱によって競技シーンそのものが崩壊していくのを防ぐ、唯一の防波堤です。
執筆:eスポーツニュースジャパン






