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【コラム】「esports版ワールドカップ」はなぜ1年延期されたのか?Nations Cupが映す“国家×ゲーム”の難しさ


「esports版ワールドカップ」とも呼べる大会が、開幕直前になって1年延期されました。

Esports Foundationは8月18日、2026年11月にサウジアラビア・リヤドで開催予定だった「Esports Nations Cup(ENC)」を、2027年11月へ延期すると発表しました。

理由として挙げられたのは、「地域情勢の継続的な評価」と「主要ステークホルダーとの協議」。100カ国以上が関わる国際大会だからこそ、各国代表、パブリッシャー、パートナー、ファンに「確実性と安定性」を提供するための判断だと説明しています。

ただ、このニュースを「大会が1年延期された」という一言で終わらせるのは少しもったいないでしょう。なぜならENCは、まだ企画段階の大会ではなかったからです。

すでに『Counter-Strike 2』では24カ国・地域、『Apex Legends』では39チームが予選を通過。『EA Sports FC』『Rocket League』『Honor of Kings』『Mobile Legends: Bang Bang』『Street Fighter 6』『PUBG Mobile』『PUBG: Battlegrounds』でも予選やロスターの発表が進んでいました。さらに7月末にはadidasとのパートナーシップが発表され、フランス代表は8月2日にシャンゼリゼで大会初のナショナルジャージを披露しています。

つまり今回延期されたのは、単なるイベントではありません。すでに動き始めていた「国家×esports」という新しい競技システムそのものです。

「クラブ」ではなく「国家」を軸にする難しさ

ENCが従来のesports大会と大きく異なるのは、選手が所属クラブではなく国・地域を代表して戦う点です。

現在のesportsは、基本的に「ゲームタイトル→リーグ→プロチーム→選手」という構造で成り立っています。たとえば『VALORANT』なら各地域リーグがあり、そこに所属するプロチームが競技の単位になります。

一方、ENCが作ろうとしているのは「国家→代表チーム→選手」という別のレイヤーです。Esports Foundationは、100以上の国と地域にNational Team Partnerを設定し、複数のゲームタイトルを横断して代表チームを形成する構想を掲げています。大会そのものも、クラブで戦う既存のesportsエコシステムを補完しながら、国を代表して戦う新しいファンダムを生み出すことを目的としています。

ここには、esportsを「スポーツ」として社会に定着させようとする意図が見えます。サッカーであれば、クラブのファンと代表チームのファンが共存しています。しかしesportsでは、まだ「国の代表としてゲームをプレイする」という文化が十分に確立していません。

だからこそENCは、単に大規模な大会を開催するだけでは成立しません。国ごとの代表組織、選手選考、クラブとの調整、パブリッシャーとの権利関係、スポンサー、ユニフォーム、現地ファンのコミュニティなど、既存のクラブ型esportsにはない仕組みを一から構築する必要があります。今回の延期は、その難易度を象徴しています。

「1年」はesportsにとって長い

しかも今回の問題は、開催時期が変わっただけではありません。Esports Foundationは今後、National Team Partnerやパブリッシャーと協議し、新しい大会日程や予選方式などを決めるとしています。つまり、すでに実施された予選結果が2027年にそのまま引き継がれるのか、それとも予選をやり直すのかも現時点では明確になっていません。

これはesportsにおいてかなり大きな問題です。1年あれば選手の移籍や引退、チームの解散、若手選手の台頭が起こります。さらにゲームそのものにも大型アップデートやメタの変化があります。

2026年の予選を勝ち抜いた選手が、2027年にも同じ実力を維持している保証はありません。だからこそ、スポーツイベントの延期とesportsイベントの延期では、同じ「1年」でも意味が異なります。

大会を延期するだけなら簡単です。難しいのは、大会を成立させるためにすでに構築した人間関係とビジネス関係を、1年間維持することです。

EWCとの違いが示す「開催地」という問題

今回、もう一つ興味深いのが、Esports Foundationが2026年の「Esports World Cup(EWC)」では別の判断をしていることです。

EWCは2024年からリヤドで開催されてきたクラブ対抗型の大型大会ですが、2026年大会についてはフランス・パリへの開催地変更が決定しています。Foundation側は当時、地域情勢によって選手やファンがリヤドを訪れることへの不確実性が残っていたことを説明していました。

ところがENCは、リヤド開催を維持したまま1年延期することになりました。この違いは非常に重要です。EWCは「どこで開催するか」よりも「クラブ同士が競う大会であること」のほうが重要です。

極端に言えば、リヤドからパリへ移動しても、EWCというコンテンツの意味は大きく変わりません。しかしENCは違います。ENCはリヤドを起点として構想され、国家代表を軸にした大会として設計されています。開催地を別の都市に移せば、単なる会場変更ではなく、大会そのものの政治的・文化的な意味が変わってしまいます。

だからこそFoundationは、EWCでは「場所を変える」ことを選び、ENCでは「時間を変える」ことを選んだ。ここに、esportsイベントにおける「場所」と「競技フォーマット」の関係性が表れています。

大会ではなく「産業」を作ろうとしている

ENCをさらに特徴づけているのが、その資金規模です。Esports Foundationは2026年大会に向け、総額4500万ドルを拠出するとしていました。内訳は選手・コーチへの賞金2000万ドル、選手を代表チームへ送り出すクラブへのインセンティブ500万ドル、そしてNational Team Partnerの活動などを支援するENC Development Fundが2000万ドルです。

特に重要なのは最後の2000万ドルでしょう。これは大会当日の賞金ではなく、国単位のesportsエコシステムを育てるための資金です。つまりENCが目指しているのは、4週間の大型イベントだけではありません。

各国に代表チームを作り、選手を発掘し、ファンを生み、スポンサーを呼び込み、次回大会につなげる。大会を「点」ではなく、国家単位のesports産業を作るための「線」として設計しているわけです。

今回の延期でも、FoundationはDevelopment Fundについて既存のコミットメントを維持するとしています。これは裏を返せば、ENCという大会が延期されても、国家単位のesportsエコシステムを作るプロジェクト自体は止めないということです。

「esportsをスポーツにする」には、ゲーム以外の問題が増える

ここから見えてくるのは、esportsの成長に伴って、ゲームそのものとは関係のない問題が増えていることです。

競技性だけを考えれば、選手が集まり、ゲームをプレイし、勝敗を決めれば大会は成立します。しかし、国家代表を掲げ、100カ国以上を巻き込み、スポンサーを付け、巨大な会場で開催しようとすると、話は変わります。

安全保障、外交、開催地、渡航、スポンサー契約、放映権、パブリッシャーとの権利調整、国家組織との連携など、従来のゲーム大会にはなかった要素が一気に入り込んできます。これはesportsが「ゲームイベント」から「スポーツイベント」へ近づいている証拠でもあります。

同時に、それはスポーツイベントが長年抱えてきた問題を、esportsも引き受けることを意味します。今回のENC延期は、その象徴的なケースと言えるでしょう。

2027年に問われるのは「開催できるか」ではない

もちろん、今回の延期だけをもってENCの失敗と判断するのは早計です。むしろ重要なのは、この1年間で大会をどこまで再構築できるかでしょう。

すでに予選を通過した選手をどう扱うのか。タイトルラインナップを維持できるのか。パブリッシャーとの契約をどうするのか。4500万ドルの資金計画はどこまで維持されるのか。そして、100カ国以上のNational Team Partnerをどのように2027年までつなぎ止めるのか。

これらを解決できれば、今回の延期は「大会を守るための時間」に変わります。逆に、延期によって選手やスポンサー、パブリッシャーの関心が薄れれば、ENCが掲げた「esports版ワールドカップ」という構想そのものが揺らぐ可能性があります。

ENCが面白いのは、まさにこの点です。esportsはこれまで、ゲーム会社やプロチームを中心に巨大化してきました。しかし次の成長段階では、国家、都市、スポーツブランド、政府系ファンドといったゲーム業界の外側にいるプレイヤーまで巻き込み始めています。

その瞬間、esportsは単なる「ゲームの大会」ではなくなります。そして同時に、ゲームだけでは解決できない問題にも直面することになる。2027年11月、リヤドでENCが開幕したとき、注目すべきなのは優勝国だけではありません。

国家を単位としたesportsという新しい構造が、本当に1年間の延期を乗り越えて成立したのか。そこにこそ、この大会を追う最大の意味があるのではないでしょうか。

執筆:eスポーツニュースジャパン

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